マリおばさんの絵

絵や音楽というものは、それらに触れた時の状況とか背景といったものと一緒に
記憶に残っていることが多いです。

学生時代に一番長く住んだところは、西武線の江古田というところでした。
上京して直ぐは土地勘も無いことだし、取り敢えずは大学の寮へ一時的にという
ような気持ちで入ったのですが、それが大間違いのもとでした。
高校が自由な校風だったこともあって、まったく正反対の雰囲気で、人間関係に
疲れて半年もつかどうかというようなところで飛び出してしまいました。

そんな折、サークルの1級上の先輩から、画家のオバさんがもう一軒あるアトリエに
引っ越すから、空いたアトリエに住んだらどうかと勧めてくれました。一軒家で
家賃も破格、下見に行ったら武蔵野音楽大学の建物が見えるくらいの位置にある
ところで、近くには日大の芸術学部や武蔵大学もあって、学生街でもあり住宅街でも
あるといった環境で直ぐに気に入ってしまいました。ということで即決で引っ越し。

少し変わった作りの家でしたが、2階のフローリングの寝室にあったクローゼットの
中に真新しいものや書きかけのキャンバスが沢山詰まっていました。
この絵は壁にもたせ掛けてあって、大きな絵には思えないのですが、実際は100号の
絵で意識せずとも目に入る大きさで、その後3年近くいつもこの絵を見ながらというか、
この絵と一緒に暮らすことになったわけです。

友永マリ 作


マリおばさんは文化学院出身で、在学中は創設者であり学院長だった西村伊作先生と
いつもおしゃべりしていたようなおちゃめな人だったと故村井正誠氏の追悼文が画集
に寄せられていました。僕は、メキシコから一時帰国した84年に前述の先輩宅で
一緒にマージャン宅を囲んだのがマリおばさんとの最後の想い出です。

1階のリビングは少し無理をすれば20人程度の宴会ができる広さで、学内の友人とか
そのまた友人とか、家の住人が居るいないにかかわらず、また学校に関係なくいつも
大勢の人間が集まっている家でした。
このリビングに掛かっていた絵が、この絵か、そうでなければこれに似た絵だったように
記憶しています。

友永マリ 作
プロフィール

TequilaMasa

Author:TequilaMasa
いつしかメキシコのハンドクラフトが人生の相棒になっていました。

カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カレンダー
08 | 2009/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
最近のトラックバック
リンク
ブログ内検索
bienvenidos
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる