海外で働きたい

最初に、アルジェリアでテロの犠牲になられた方々のご冥福を
お祈り申し上げます。

学生時代、卒業後は海外で働くことが希望でしたので、三菱商事が
まとめられた「時差は金なり」という本や、深田祐介氏などの著作を
読んだことを今でも思い出します。
海外の各種プラントで活躍する日揮などのエンジニアリング会社の
エンジニアや総合商社の駐在員の皆さんは、僕にとってはアイドル的
な存在でした。

卒業後は、半年ほどのブラジル生活を経て、帰国後は希望叶って
海外拠点を持つ企業に就職することができました。
実際に駐在員になってみると、確かにパーティーや食事会、結婚式、
それに休暇でリゾートに出掛けたりという社交やリクリエーションなど
日本では経験できない華やかな体験もできましたし、
そのような楽しかった体験はブログなどでも紹介しやすいのですが、
反対に日本では考えられないよううな危険な体験をすることも多く
あるのですが、そういう体験はなかなか紹介する機会がありません。

メキシコへ赴任した当時、隣国のグァテマラは内戦状態でしたし、
コスタリカに出張した時に立ち寄ったエルサルバドルも当時内戦状態
でした。国内でもメキシコ・シティからグアダラハラに異動したときには、
グアダラハラを中心とする麻薬組織とアメリカの麻薬Gメンが銃撃戦を
していたのがニュースになっていて、実際グアダラハラからミチョアカン州の
サモーラ方面へ出張に行くときにはいつも、街道の直ぐ横に建つ銃弾で
ボコボコになった建物を見ながら車で走っていました。
シナロア州のロスモッチス近郊の街道を車で走っていたときは、
つい郊外での仕事が長引いてしまい夜になって、軍隊から自動
小銃を突きつけられてホールドアップさせられたこともありました。
軍隊ではなく麻薬組織のメンバーだったらと思うと冷や汗が出ます。

取引き先のイベントなどでよく出会った他社の駐在員の友人が
交通事故でしたがクエルナバカ近郊で亡くなったのにはショックを
受けましたし、ミチョアカン州のラサロカルデナスということろで建設
されていたシカルツァの製鉄プラントでも日本から派遣されていた
エンジニアが交通事故で亡くなられたとか、メキシコシティの日本
商工会議所の会頭か副会頭かをされていた某商社幹部の方が
誘拐されたり、代理で出席した会議などで拝見していた方だった
だけに、そのときも大きなショックを受けた記憶があります。

メキシコへ赴任した直後に滞在していたペンションでは、メキシコ・
シティを走るトロリーバスのメンテナンスを指導するために日本から
派遣された重電企業のエンジニアの方と知り合いになり、一緒に
食事に出掛けたり雑談したりもした方ですが、当時比較的安全だと
言われていたコンデッサ地区を昼間に散歩していて後方から来た
男にガラス瓶で頭を殴られ財布を盗まれたというようなこともありました。

とにかく、楽しい話も沢山ありますが、こういった危ない話も
きりがないくらい沢山あります。
ただ、日本で住んだことしかなければ、こういう話も実感でき
ないものなんだろうな、というのだけは分かるような気がします。

このごろ海外から帰国して税関を通るときにパスポートを係官に
渡すと、"どこの馬の骨"的にチラチラっと顔色を見られて、言葉を
交わすこともあれば、そのまま"ハイ"とだけ言われて通過することも
あったりでとにかくアッサリした対応ですが、駐在員当時は係官の方が
深々と頭を下げて「ご苦労さまです」とパスポートを丁重に手渡して
くれました。
今回のアルジェリアの報道で、キャスターの方々が企業戦士という
言葉を何度も使われているのを耳にしますが、「ご苦労さま」と
頭を下げられたときは、自分も"企業戦士"として扱ってもらっている
のではとしみじみと感じたのを思い出します。

確かに危険なことも多いですが、日本にいては得難い体験ができる
海外(前線)へ若い人たちにどんどん出ていっていただきたいと思います。


メキシコ・シティ国際空港の搭乗ロビー

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Author:TequilaMasa
いつしかメキシコのハンドクラフトが人生の相棒になっていました。

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