1.17...20年

昨日神戸市の庁舎前までご焼香と記帳に行ってきました。
今年は区切りの年ということもあるのでしょう、新聞などでも報道
されたようにいつもより大勢の参加があったようです。



85年にメキシコシティで遭遇した地震は、ユラ~ユラ~ユラ~と大きく
ゆっくり動いたのですが、神戸の地震はゴッゴッゴッガァガァガァーと
揺れて、まさにジェットコースターに乗ったときのような衝撃でした。

直後は外もまだ暗くて何がなんだか訳が分からず、とにかく家族を
連れて近くの学校へ避難し、明るくなりつつあった道を母が住む
須磨の天神さん近くまで約2Kmの道を歩きました。
長田区から須磨区にかけては既に火の手が上がっていて、それまで
分かっていた局部的な状況より広範囲な状況が分かるにつれ、これは
大変なことが起きてしまったとようやく事態が理解できた感じでした。
母は無事だったのですが、隣家は屋根が落ちていて近所の人達が救助
しようと集まっていましたが、何せ瓦礫や木材がちょっとやそっとでは
動かないということで、手も足も出ない様子でした。
とにかく神戸市内全域はおろか西宮、芦屋、淡路島でもこのような
状況だったわけです。

このようななかで明日のことなど考えが及ばず、今日のことを考える
のがやっとでした。
その無力感から、いたずら盛りの子供の頃を思い出したりしました。
蟻の行列を見付けたときに巣穴近くを足でドンドンドンとやったりした
ことがあったなぁ、と蟻と自分たちを同化させてしまうような感覚にも
なりましたし、東北で起きた3.11の地震と津波の映像を見て、改めて
当時の感覚が再び戻ってきてしまいました。

当時、脱サラして3年か4年が過ぎたころでしたが、同期入社の
友人が東京から大きく迂回し姫路方面から神戸に入ってくれて、
水が不要なシャンプー他を届けてくれたり、かつての上司からも
電話をいただき会社に戻ればと声を掛けてくださったり、メキシコの
友人たちからも国際電話を掛けてきてくれたりしました。
その他、多くの友人たちからの励ましもあって本当に心強く支え
にもなりました。
埼玉に住む大学のひとつ上の先輩のお母様からは、次のような
歌を送っていただきました。
「見る見るに火の手ひろがる長田区は子の親友の西君の住む」

災害に遭ったような時、人の励ましが何よりも嬉しいものだと
実感しましたし、この震災に遭った地域の人々は皆そのことを
実感で分かっていると思います。
普段は疎遠であっても何か起こったときには助け合う、当時の
神戸はそんな感じでしたが、きっと日本のどこでも日本人なら
そんな気持ちを持っているし行動するとと信じています。

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Author:TequilaMasa
いつしかメキシコのハンドクラフトが人生の相棒になっていました。

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